宅地建物取引業者(以下「宅建業者」)は、不動産の売買・交換・貸借を行う際に、契約の成立前に必ず重要な事項を説明しなければなりません。この説明は、宅地建物取引士(以下「宅建士」)が行い、書面を交付する必要があります。これは、消費者が不動産取引に関する十分な情報を得たうえで判断できるようにするためのルールです。
ここでは、宅建業法35条で規定される重要事項の説明について、分かりやすく解説します。
重要事項説明とは?
① 目的
不動産取引は高額であり、購入後に問題が発生すると大きな損害を被る可能性があります。そのため、契約前に不動産の権利関係や法的制限などの重要な情報を説明することで、消費者が適切な判断を下せるようにすることが目的です。
② 誰に対して説明するのか?
重要事項説明は、「不動産を買う人、借りる人」に対して行います。
例えば、媒介業者は、「新しくマンションを購入しようとしている人」「新しくアパートを借りる人」に対して、は、そのマンションやアパートについての重要事項を説明しなければなりません。
③ いつ説明するのか?
売買契約や賃貸借契約が成立する前に行わなければなりません。契約後に説明を行うと、購入者や借主が不利益を被る可能性があるため、必ず契約締結前に実施します。
宅地建物取引士の義務
(1) 宅地建物取引士証の提示(宅建業法35条4項)
宅地建物取引士が重要事項を説明する際には、説明を受ける相手方に対して「宅地建物取引士証」を提示しなければなりません。相手方から請求されなくても提示しなければなりません。
具体例
田中さん(宅地建物取引士)がマンションを購入しようとする佐藤さんに重要事項説明をする際、必ず「宅地建物取引士証」を見せる必要があります。佐藤さんが「本当に資格を持っているのか?」と不安に思うことがないようにするためのルールです。
(2) 書面への記名(宅建業法35条5項)
重要事項説明を行う際、宅地建物取引士は、説明の内容を書面に記載し、その書面に「記名」する必要があります。宅建士の押印は不要です。また、宅建業者の記名押印も不要です。
ITを活用した重要事項説明
近年、オンラインでの取引が増加したことにより、重要事項説明にもITが活用されるようになりました。
(1) テレビ会議等での説明(IT重説)
宅建業法施行規則では、テレビ会議などを利用したオンラインでの重要事項説明(IT重説)が認められています。ただし、次の4つの条件を満たす必要があります。
- 映像・音声が明瞭であること
宅地建物取引士と相手方が、図面や書類を確認しながら会話できる環境が必要です。 - 事前に書類を交付していること
重要事項説明書や添付書類を事前に相手方に送付しておく必要があります。 - 説明中に書類を確認できること
相手方が説明を受けながら書類を手元で確認できる状態でなければなりません。 - 宅地建物取引士証を提示すること
画面上で宅地建物取引士証を見せる必要があります。
具体例
田中さん(宅地建物取引士)は、地方に住む佐藤さんにテレビ会議システムを使って重要事項説明を実施。事前にPDFで重要事項説明書を送付し、カメラで宅地建物取引士証を提示した上で説明を行いました。
電磁的方法による提供
宅建業法35条8項では、従来の紙面交付の代わりに「電磁的方法」(電子データ)で重要事項説明書を提供することも可能とされています。ただし、これには次の条件があります。
(1) 相手方の承諾が必要
電子データで提供する場合、事前に相手方の承諾を得る必要があります。宅建業者は、どのような方法で提供するのかを説明し、書面または電子手続きによって承諾を得なければなりません。(施行令第3条の3)
(2) 承諾後も撤回できる
一度電子データでの提供に同意しても、後から「やっぱり紙でほしい」と申し出ることも可能です。その場合、宅建業者は電子データでの提供をやめなければなりません。
具体例
佐藤さんは、田中さんの不動産会社から「重要事項説明書を電子データで送ります」と説明を受け、承諾しました。しかし、後日「やはり紙の書類で確認したい」と申し出たため、会社は紙の書類を郵送する対応を取りました。
重要事項説明書(35条書面)の記載事項
売買・交換 | 建物の貸借 | 宅地の貸借 |
---|---|---|
登記された権利の種類及び内容並びに登記名義人又は登記簿の表題部に記録された所有者の氏名(法人にあつては、その名称) | ||
都市計画法、建築基準法その他の法令に基づく制限で契約内容の別に応じて政令で定めるものに関する事項の概要 | ||
飲用水、電気及びガスの供給並びに排水のための施設の整備の状況(これらの施設が整備されていない場合においては、その整備の見通し及びその整備についての特別の負担に関する事項) | ||
契約解除に関する事項 | ||
損害賠償額の予定又は違約金に関する事項 | ||
支払金又は預り金を受領しようとする場合において、保全措置を講ずるかどうか、及びその措置を講ずる場合におけるその措置の概要 | ||
宅地又は建物が土砂災害計画域内にあるときは、その旨 | ||
宅地又は建物が造成宅地防災区域内にあるときは、その旨 | ||
宅地又は建物が津波災害警戒区域内にあるときは、その旨 | ||
宅地又は建物が所在する市町村の長が提供する図面(ハザードマップ)に当該宅地又は建物の位置が表示されているときは、当該図面における当該住宅又は建物の所在地 | ||
未完成物件の場合、工事完了時の形状・構造(宅地:擁壁、階段、排水施設、井戸の位置など、建物:鉄筋コンクリート造、木造等の別、屋根の種類、階数等について平面図を交付して説明)、宅地に接する道路の幅及び構造、建物の主要構造部、内装・外装の構造の仕上げ等 | ||
代金及び交換差金以外に授受される金銭の額・目的(手付金等) | 借賃以外に授受される金銭の額・目的(敷金・権利金等) | |
代金及び交換差金に関する金銭の貸借のあっせんの内容及びあっせんに係る金銭の貸借が成立しないときの措置 | ー | |
石綿の使用の有無の調査の結果が記録されているときは、その内容 | ー | |
建物が一定の耐震診断を受けたものであるときは、その内容 | ー | |
既存建物であるときは、既存建物状況調査を実施しているかどうか、及びこれを実施している場合におけるその結果の概要 | ー | |
既存建物である場合、設計図書、点検記録等の建物建築及び維持保全の状況に関する書類の保存状況 | ー | |
手付金等の保全措置の概要 | ー | |
割賦販売の場合、現金販売価格・割賦販売価格・引渡しまでに支払う金銭の額・割賦金額(1か月あたりの支払金額)・支払い時期・方法 | ー | |
住宅性能評価を受けた新築住宅であるときは、その旨 | ー | |
契約不適合責任の履行に関し保証保険契約の締結その他の措置を講ずるかどうか、及びその措置を講ずる場合におけるその措置の概要 | ー | |
私道に関する負担に関する事項 | ー | 私道に関する負担に関する事項 |
ー | 契約期間及び契約更新に関する事項 | |
ー | 宅地又は建物の用途その他の利用の制限に関する事項 | |
ー | 宅地、建物の管理が委託されているときはその委託を受けている者の氏名及び住所、登録番号があれば登録番号 | |
ー | 敷金その他契約終了時において精算することとされている金銭の清算に関する事項 | |
ー | 定期建物賃貸借としようとするときは、その旨 | 定期借地権を設定としようとするときは、その旨 |
ー | 終身建物賃貸借をしようとするときは、その旨 | ー |
ー | 台所、浴室、便所などの建物設備の整備状況 | ー |
ー | ー | 契約終了時における当該宅地の上の建物の取り壊しに関する事項 |
区分所有建物における35条書面の記載事項(追加内容)
区分所有建物の場合は、上記に加えて、下記事項も記載しなければなりません。
売買・交換 | 建物の貸借 | 宅地の貸借 |
---|---|---|
一棟の建物の敷地に関する権利の種類・内容 | ー | |
共用部分に関する規約の定め(案も含む)があるときは、その内容 | ー | |
一棟の建物・敷地の一部を特定の者のみに使用を許す旨の規約の定め(案を含む)があるときは、その内容 | ー | |
一棟の建物の計画的な維持修繕のための費用の積立てを行う旨の規約の定め(案を含む)があるときは、その内容と既に積み立てられている額(滞納があれば滞納額) | ー | |
建物所有者が負担しなければならない通常の管理費用の額(滞納があれば滞納額) | ー | |
一棟の建物の計画的な維持修繕のための費用、通常の管理費用など建物所有者が負担しなければならない費用を特定の者にのみ減免する旨の規約の定め(案を含む)があるときは、その旨 | ー | |
一棟の建物の維持修繕の実施状況が記録されているときは、その内容 | ー | |
専有部分の用途など利用制限に関する規約の定め(案を含む)があるときは、その内容 | ー | |
一棟の建物・敷地の管理が委託されているときは、委託を受けている者の氏名・住所・登録番号があれば登録番号 | ー |
重要事項の内容に関する詳細解説
1 登記された権利に関する事項
「登記された権利に関する事項」とは、取引物件である宅地建物の上に存する「登記された権利の種類及び内容」ならびに「登記名義人又は登記記録の表題部に記録された所有者の氏名(法人にあってはその名称)」をいいます。重要事項説明の時点で存在する権利であれば、後日抹消予定であっても記載・説明が必要です。
2 飲用水・電気・ガスの供給施設及び排水施設の整備の状況
ただちに利用可能な施設、整備予定、負担金予定額に関する事項を記載・説明します。「ただちに利用可能な施設」とは、重要事項説明時において、現に利用している施設及び利用可能な施設をいいます。設備が未整備の場合には、「整備予定」及びその整備についての特別の「負担金予定額」に関する事項を記載・説明しなければなりません。
3 契約の解除に関する事項
契約の解除は、契約の効力の消滅に係る重要な事項です。契約の解除に関する定めを知らずに契約してしまうと、相手方から予想外の契約解除をされ、予期せぬ損害を被るおそれがあり、また、そのためトラブルになることも考えられます。
したがって、契約の解除に関する事項を重要事項として説明することが義務付けられています。
契約の解除に関して当事者間で取り決めた内容を説明しますが、一般的な契約書においては、次の条項が定められています。
① 手付解除
② 「引渡前の滅失・毀損」による解除
③ 契約違反による解除
④ ローン特約による解除
⑤ 契約不適合担保責任による解除
また、これらの解除に関する事項については、
i どのような場合に解除できるか
ii 解除するためにはどのような手続きが必要なのか
iii 解除した場合の効果はどうなるのか
などを記載・説明することになります。
4 損害賠償額の予定又は違約金に関する事項
契約違反による解除に伴う損害賠償額の予定として、「損害賠償額」又は「違約金」を定める場合には、その額及びその定めの内容を記載・説明します。定めがないときであっても、「定めがない旨」の記載・説明が必要になります。
5 支払金又は預り金の保全措置の概要
宅地建物の取引に関して、宅建業者の相手方等から支払金又は預り金を受領しようとする場合に、保全措置を講ずるかどうか、及び講ずる場合における保全措置を行う機関と保全措置の内容を記載・説明します。
6 代金・交換差金に関する金銭貸借のあっせんの内容及び貸借が成立しないときの措置
買主が宅建業者のあっせんする金融機関のローンを利用する場合には、融資取扱金融機関、融資額、融資期間、利率、返済方法、ローン事務手数料等の条件を金銭の貸借の「あっせんの内容」として記載・説明します。
当該融資が成立しなかったり、減額されたりした場合、買主に無条件の契約解除権を認める旨を売買契約書上特約するのが一般的であり、これを通常「融資利用の特約」又は「ローン特約」といいます。特約が設定されている場合は、「金銭の貸借が成立しないときの措置」として記載・説明する必要があります。また、特約が設定されている場合は、「契約の解除に関する事項」についても記載・説明する必要があります。
7 代金及び交換差金以外に授受される金銭の額及び目的
当事者間で代金以外に金銭が授受される場合に、その金額及び目的を記載・説明します。一般的には「手付金」、「固定資産税等精算金」、「敷金」、「管理費等精算金(マンションの場合)」等があります。
8 法令に基づく制限の概要
取引物件である宅地建物の使用・収益・処分について、都市計画法、建築基準法その他の法令上の制限がある場合、どのような法令上の制限が該当し、具体的にどのような制限があるかを記載・説明します。
9 土砂災害警戒区域
取引物件が土砂災害警戒区域内にあるときは、その旨を記載・説明します。
10 造成宅地防災区域
取引物件が造成宅地防災区域内にあるときは、その旨を記載・説明します。
11 津波災害警戒区域
取引物件が津波災害警戒区域内にあるときは、その旨を記載・説明します。
12 水防法の規定により市町村の長が提供する図面(水害ハザードマップ)における当該宅地建物の所在地
宅地又は建物が水防法の規定に基づき市町村の長が提供する図面(水害ハザードマップ)のどこに所在するかについて説明しなければなりません。なお、取引の対象となる宅地又は建物の位置を含む水害ハザードマップを用いて、洪水・内水・高潮のそれぞれについて提示し、当該宅地又は建物の概ねの位置を示すことにより行います。
13 石綿使用調査の内容
取引物件のうち建物について、石綿の使用の有無の調査の結果が記録されているときは、その内容を記載・説明する必要があります。
14 耐震診断の内容
取引物件のうち建物(昭和56年6月1日以降に新築工事に着手したものは除く)が、建築物の耐震改修の促進に関する法律4条2項3号に基づき、指定確認検査機関、建築士、登録住宅性能評価機関又は地方公共団体の耐震診断を受けたものであるときは、その内容を記載・説明する必要があります。
15 建物状況調査の実施の有無及び結果の概要
当該建物が既存の建物であるときは、建物状況調査(実施後国土交通省令で定める期間である1年を経過していないものに限る。)を実施しているかどうか、及びこれを実施している場合におけるその結果の概要を記載説明します。
16 建物の建築及び維持保全の状況に関する書類の保存の状況
建物が既存建物であるときは、設計図書、点検記録その他の建物の建築及び維持保全の状況に関する書類で国土交通省令で定めるものの保存の状況を記載・説明します。国土交通省令で定める書類としては、建築基準法の規定による確認の申請書・確認済証、検査済証、建物状況調査の結果についての報告書、既存住宅に係る建設住宅性能評価書等があります。
17 手付金等の保全措置の概要(宅建業者が自ら売主の場合)
宅建業者が自ら売主となる宅地・建物の売買契約において、一定額を超える「手付金等」を授受する場合には、受領前に保全措置が義務付けられています。この場合、保全の方式、保全措置を行う機関を記載・説明しなければなりません。
① 未完成物件の場合
手付金等の額が代金の5%又は1,000万円を超えるときは、手付金等の保全措置を講じなければなりません。
② 完成物件の場合
手付金等の額が代金の10%又は1,000万円を超えるときは、手付金等の保全措置を講じなければなりません。
18 割賦販売に係る事項
宅建業者が、取引物件を割賦販売(代金の一部又は全部について、物件の引渡し後1年以上の期間にわたり、かつ、2回以上に分割して受領することを条件に販売するもの)する場合の説明事項です。ただし、この割賦販売方式での取引は、現在ほとんど行われていません。
19 住宅性能評価を受けた新築住宅である場合
取引物件のうち建物について、住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下、「品確法」という)5条1項に規定する「住宅性能評価」を受けた新築住宅であるときは、その旨を記載・説明する必要があります。
20 契約不適合担保責任の履行に関する措置の概要
売主が、宅地又は建物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任の履行に関する措置として保証保険契約の締結等の措置を講ずるかどうか、及び講ずる場合はその措置の概要について記載・説明します。
21 私道に関する負担に関する事項
取引物件に私道部分が含まれている場合や、取引物件の接面道路が私道である場合には、「私道負担」についてその内容を記載・説明する必要があります。
